県を勝ち抜き、東海地区予選への挑戦権を初めて手にして一週間。一つの願いが叶っても気持ちが緩む瞬間は全くなかった。細部の打ち合わせと想定したトレーニングを積み重ね、むしろ高まる緊張感。その対戦カードがもつ存在意義の大きさに時折、飲み込まれそうになる。大会結果とは異なる次元で私たちには絶対に挑まなくてはいけない相手がいる。聖カピタニオ女子。10月22日、高校選手権愛知県大会決勝。
表情は割と落ち着いていたと思う。試合前のメンバーチェック時、西の空に突如として現れた鳥の大群が見事なV字飛行。見つけると同時に湧き上がった歓声もリラックスに一役買ってくれたのかもしれない。
本部席から手渡されたメンバー表に少し戸惑う。想定内とはいえ、よりアグレッシブなイメージで構成されたスターティング。キックオフ直前に変更点を伝えてストロングポイントを見逃さないように注意する。
キックオフ直後から高い緊張感に支配された攻守が繰り広げられた。先制の好機を最初に手にしたのはアンガク。前半9分、ハルカとのコンビネーションで深々とサイドを突破したレオナがセンタリング。視野外から見事な飛び込みを見せたシオリがドンピシャで合わせ、ゴールネットを揺らす。ただ、ジャッジはオフサイド。その後、徐々にカピタの力強さに圧されるシーンが増えていく。その中でもひたむきに体を当てに行くアンガク守備陣。アウトサイドを含めた中盤も球際でヒリヒリするような激しい攻防。ある意味、県の頂点を競う決勝として相応しい戦いぶりであった。漂うベストゲームの予感。
だから、隙があったとは思わない。むしろ全く隙のない中でやられてしまったのだ。前半24分、サイドから中央にかけてボールの動きと人の動き。そしてグッと伸びてきた14番の右足。いや…つま先だった。大げさではなく、それほど紙一重のところで素晴らしい力を発揮されてしまった。見事としか言いようがない個の力。そしてそれを信じきるチームの力。0−1。1点のビハインド。
カピタのストロングポイントに誰をぶつけるか。対戦相手に課せられる命題である(しかもカピタにはストロングポイントが複数ある。ひどい話だ)。一年を通じて毎月の成長曲線を設定しつつ、同時に戦いのプランを練り続けた。誤解を恐れず書くのであれば、どのチームと戦っている時も私の脳裏には尾張のロッソネロがこびりついてくる(もう、病気になりそうなレベルだ)。まさしく戦うたびに繰り広げるトライ&エラー。今回、私の最終的な決断を本人たちに告げたのは、この試合の2日前。本人もコンビを組む周囲ももちろん予想はしていただろうが、やはり相当なプレッシャーがあったに違いない。スキルや経験値、そしてフィジカルでも上回るであろう個とどう対峙するか。
そして…それぞれが見せてくれたのは見事な解答だった。常にポジティブな〝決断〟をし、全く怯むことなく〝勇気〟を持って戦いを挑み、どんな時も〝グループで戦う〟というチーム全体の姿勢があった。
前半を終えてそれぞれが話をしながらベンチに戻ってくる。その表情や様子をベンチに戻りきる前に見極めるのが、ハーフタイムにおける私の最初の仕事だ。当然、座った後の会話にも耳を傾ける。リーグ戦(3-4●)での3ゴールが甘い記憶として残りすぎているのか…。まだチャンスはある、という前向きなコミュニケーションの中に、もっとやれるはずなのに…という前半の自分たちを否定するような空気を少しだけ感じた。(おいおい、相手はカピの本気の全国仕様だぞぉ…そうはうまくいかんわさ〜)と心の中でゆる〜く独り言をつぶやく。否定的なコメントが3つ続くと支配する空気も重くなる(中野調べ)。いつもより少しだけ早く、私の出番だ。
「個々の修正は幾つか必要だがチームトータルの戦い方は前半まったく間違っていない。だから後半もこのまま戦う。ただし1点ビハインドだから必ず点を取りに行く。勝利を目指すんだろ?歴史を変えるんだろ?…先生は優勝するよりカピタに勝ちたい。みんな、そうだろ?だったら戦え。決断し続けろ。さあ…いくぞ!!」
気持ちいいほど戦う表情。アンガクっていいチーム(笑)。
後半も息を飲むシーンが頻発。カピタもどうやらハーフタイムにテコ入れした模様。アウトサイドで息を吹き返されてしまった。前半からの運動量はさほど落ちていないように見えるアンガクだが、動き出しで後手に回る場面が出てきてしまった。そのことが一層カピタに活力を与えてしまう。ただ…MFとSHが一体となりFWと共にカウンターを狙い続ける鋭利なアタックは健在。DF陣も前半以上に球際の力強さを増したように見える。なんというか…この試合の中で、また成長しているようにも見える。そう言ってしまえるくらいの…気迫伝わるプレーの連続。
後半20分に切り札を投入しシステム変更。あのリーグ戦で先制ゴールを挙げたアイカの出場に自然と得点の期待が高まる。カピタ多田先生も立ち上がって身ぶりを交えて対応を指示。ベンチワークを含めた見応えある攻防に拍車がかかる。次は自分が…!とアンガク控え選手もアップのペースを上げる。
両チームともにゴールに近づくテンポは全く落ちない。まさに雌雄を決するにふさわしい展開…だが、最後にゴールを陥れたのは…再びカピタ。後半32分にこじ開けられてしまった。0-2。タイムアップ。
岩倉総合佐伯師匠から準優勝の賞状が主将梨乃に手渡された。厳粛な中、温かくて固い握手にグッとくる。全部員は視線を落とさずその場を見つめる。こらえていた涙は集合写真で決壊。でも少し待って…笑顔笑顔。わずかな失敗も含めて自分たちの力を出し切ることができた証がその表情にあったことは間違いない。
遠い犬山市まで多くの保護者、OGが来てくれた。おそらく歴代最多の応援団。全員の方とは言葉をかわすことができなかったかもしれないが、ここで謝意を表すことでお許しいただきたい。会場は名古屋経済大学の三壁先生が全面協力。これまた大きな愛で高校女子サッカーを見つめ続けてくださっている(たまには真面目に書いてみた)。
2週間後には高校選手権東海地区予選が始まる。全国まで…あと2つ。魂を入れて、最善を尽くす。